OB 佐々木伸次朗

こんにちは。 

東京五輪まであと1年、そして東京世界選手権まであと数日。

今回はそのような大舞台を目指して中途半端に終わった選手の一例を挙げたいと思います。人の例をあげるのは失礼なので引退してからの私自身の経験と現状について少しお話しします。

 今から16年前に了徳寺学園に就職し、5年半お世話になりました。

その間、現在のグランドスラム東京に出場した程度で終わり、世界選手権などの大舞台には出場することが叶いませんでした。

私は28歳の時に引退しましたが、引退する直前の半年間、今後どうすればいいのか、何かやりたいことがあるのか、何ができるのか、などの不安から来るストレスを抱えて悩んでいました。今から思えばいわゆる人生の岐路に立たされていました。

同僚には、大学院に通いながら柔道の練習に励み、引退後は指導者の道へ進もうと考えている選手もいて、私はそういう選手は人生設計ができるなあと感心していたものです。 

私には指導者になろうなどという考えはなかったですし、アルバイトなどの経験も一切無かったので、その時は自分に何ができるかさっぱりわかりませんでした。

私は柔道を始めた小学生の時から引退するまで競技だけに没頭していたにも関わらず、中途半端な結果しか出せなかった典型的なセカンドキャリアに悩まさせれるタイプの選手になってしまっていました。

選手時代は一生懸命頑張りましたが、もう伸び代がないと思い、引退を決断した後は、大学の監督と山田監督と相談しながら、考え抜いた結果、渡米する事を決めました。 

その時の私は、海外に行ってさえしまえば自分が変わることができる気がしていました。 

アメリカに来て10年、それまでに考えていた以上に自分1人では何もできない、どうしようもない、ということが多く、その度に周りの方々に助けてもらいました。

もちろん良い経験ばかりではなく、騙してやろうとか、利用してやろうと近付いてきた人もたくさんいました。

落ち込むこともありましたが、勝ち負けにこだわる私はその悔しさを糧にしてその時の目標を目指して頑張りました。

今ではアメリカの永住権を持ち、自分の名前で道場を開いて、何とか柔道一本で生活ができていますが、道場を開いた今でもまだ、たくさんの人に支えてもらっています。

海外に来て不自由な思いをしたからこそ周りの人へ感謝する事の大切さに気づけたと思います。

私の住むオーランドでは、テコンドー、空手、ブラジリアン柔術、総合格闘技などの100件以上の道場ビジネスがあります。

そこで生き残るにためには技術、気力、体力を充実させるのはもちろん、必要とされているものを提供できるように日々試行錯誤していかなければ勝ち抜けません。 

これは私にとっては柔道の試合で勝ち抜く事とすごく似ています。

道場ビジネスに必要な経験を柔道を通して体験できていたことは私にとって非常に大きなアドバンテージでした。

勝ち負けにこだわりすぎて狂ってしまうことは危険ですが、こだわることは決して悪いことではないと思います。

これから東京世界選手権に出場される選手は、何よりも結果が大事とわかっていて、勝たなければ意味がないというところまで来てると思います。

是非結果を出して、また東京五輪での活躍も期待しています。

私も生徒の1人が東京の世界選手権に出場します。最高の舞台を会場で見てまた刺激をもらおうと思います。 

ありがとうございました!